君と歩いた道

シングルマザーもものブログです。公立の中高一貫校に通う娘がいます。

あじさい寺と父の記憶

 雨に濡れる紫陽花は、発色が輝くようにきれいですよね。先日、娘と一緒に観に行ってきました。考えてみたら、紫陽花の季節にあじさい寺に行ったことが今まであったかどうか、記憶は頼りなく、今の年頃の娘と行きたいなと少し前から思っていました。

 探したのは、ごくごく近場で、そんなに人がいなさそうな、地元でそこそこ知られるあじさい寺。あるいは神社か公園かと探し、結局お寺に決めました。

 行ってみると、お寺の周辺や敷地内は、何度かすれ違う程度のまばらな人出で、気ままにのびのびと歩けました。紫陽花はもう一咲きして、枯れている花や葉もありましたが、これから咲く蕾も頼もしくたくさん伸びていました。薄いピンクや紫色、蒼色の花が多かったです。抜けるような濃い蒼色の花は、なかなか見つかりませんでした。

 暑さや湿気はそれほどでもなく、散歩には打ってつけの午前中でした。親子でそれぞれ撮りたいものを撮って、私は娘の写真の出来栄えに感心するやら驚くやら。

 

 そういえば、紫陽花は父が好きな花だったと母から聞いたことがあります。6月は母の誕生月なんですよね。

 私は父と幼少の頃に生き別れていましたが、父の後妻さんから危篤の報を受けて、亡くなる直前に40年ぶりに再会しました。父は話ができる状態ではなかったけれど、話しかけると目を合わせたり、頷いたりはしていました。聞きたいことはたくさんあったけれど聞けないまま、それでも最期に会えて良かった。

 幼い頃の私が知る父は、家族が大好きで、おしゃべりで、家によく友達や後輩を連れてくる明るい人でした。母との別れは、一生の不覚だったのだろうなと思われます。後妻さんと再婚してからの父は、家庭では寡黙な人だったそうです。話を聞く限り別人のようです。

 母は母で、父と結婚してからの写真は私たちが一緒に写っているものまですべて処分しながら、結婚前の父との写真はすべて大事に取ってあります。離婚は自分のわがままとしか言わないので、真相は藪の中です。

 

 来年はもう少し足を延ばして、実家の最寄りのあじさい寺くらいまで行きたいものですが・・

 果たして1年後の新型コロナウィルスは、どんな状況になっているでしょう。相変わらず自分の感染の有無すらわからないまま、行動変容だけはすっかり板についているでしょうか。