君と歩いた道

2017年に公立中高一貫校に入学した娘は、2023年に大学生になりました。

大学生のアルバイト

 前回の記事で、娘のバイトが無事に決まったと書いたが、そのバイト先との契約は1か月ほどで終了した。試用期間1か月で辞めることになり娘自身も凹みつつ、決心して退職願を書き、それを出した日に「もう一度考えてみて」と止められたそうだが、その日帰ってから「なぜ辞めるのか」を改めて振り返ると、やっぱり辞めるべきだと再確認。退職願は受理され、最終出社日まで完遂した。

 退職願を出すとか、1か月前とか2週間前までに申し出るとか、バイトでも雇用契約書に書いてあり、そのとおりに段取りを踏めたのは経験として良かったと思う。

 そのバイトは求人サイトで見つけて応募したコンサルで、何社目かでやっと決まったバイト先だった。しかし入社しても娘が聞いてくる話は相変わらず自己啓発的な内容で、具体的に何をするバイトなのかが見えにくい。学生バイトは休学や中退をして入社する人も少なくないと聞くと、なぜ卒業を待たずに?という疑問が浮かぶ。娘は学業よりバイト優先にするつもりはなく、そもそもゼミや院試の準備との両立が前提だったし、それは面接時から先方に伝えていた。時間外にメールが届くことも多く、すぐ返信するべきかと悩む姿を見て、私も続けるのはどうなの?と内心思っていたから、まあ辞めて良かったんじゃないか。

 そのあと、気を取り直して今度はMAPアプリで見つけた個別塾のサイトから応募。そのバイト先は面接したその日に決まった。前のところみたいな、ふわふわしたよくわからない感じはなく、実態が見える。面接をしてくれた塾長先生は女性で、お人柄や理念が伝わってくる。ちなみに、留学前にバイトしていた個別塾は全国規模の大手だったが、今回出会った塾は自営のような小さな塾で、一人一人の子どもたちの発育に寄り添って育てたいという志向がわかる。雇入のしかたも良心的で、きちんとしている。こんな塾もあるんだなと発見したような感触があった。また、塾の運営会社の代表者はとても優秀な方のようで、入社手続きの手配の速さや簡潔で無駄がない説明に、娘は甚く感動していた。

 娘にとって貴重な出会いになりそうな気がする。良いご縁になるといいな。

交換留学先から帰国、大学4年になる

 娘が1年間の交換留学を終えて帰国してから、3か月が経った。空港の到着ロビーで、まだかまだかと待ちわびながら娘の元気な姿が目の前に現れたときの、思わず胸が熱くなった感じを今も忘れられない。

 娘の留学前と後で、母娘お互いの関わり方が変わった気がする。今そばにいることがかけがえのない時間だと感じる。娘も成長したし、私も成長したのかな。最近娘は小さい子のように、その日あったことや考えていることを私に話して聴かせるようになった。思えば、小さいときは言葉足らずで、言えなかったことがたくさんあったのかもしれない。申し訳なかったと口惜しく思う。それを取り返すように、娘の話に耳を傾ける。

 私はというと、娘が不在の1年間、ひとり時間を自由に満喫するつもりが実際は満喫どころではなく、家にいて言葉を発しないことの孤独を今さらのように知った。精神的に相当参った。自分を知るとはこういうことかと思った。それで今、口が重くなっても言葉を発しようとする環境が、自分にとってどれだけ尊い機会なのかと気づかされる。

 帰国後しばらく娘は、留学先の単位認定等大学の手続きに追われながらも、久しぶりに会う友達との時間を楽しみ、私と毎週のように週末お出かけし、しばしの休憩タイムをほわんと過ごしていた。春休みが終わり大学4年に進級すると、履修登録では取れるだけ取り勉強に追われ、なかなか決まらなかったバイトも最近ようやく決まり、じわじわと忙しくなり軌道に乗ってきた感がある。

 4年の同級生たちは就活が落ち着いてきた時期で、すでに内定をいくつか取っている中、娘は修士に行く予定。大学で、もう勉強はしたくないと口にする学生の声を聞くと、その人にとっての勉強は負のイメージだったのかと残念な気持ちになる。せっかく大学に入ってやらされている勉強しか経験できなかったとしたら、それは大学の運営のせいもありそうだが、だとしても娘は自分なりの意味を奪還しないではいられない。大学のせいにして終われない。出会った先生方が良かったことは不幸中の幸いだ。

 娘は日本で修士に進み、その後また正規留学するか、就職するかを模索中。中高から続く彼との関係は、留学期間をまたいでもなお健在の様子。もしいつか留学先で就職することになったら、彼も私も連れて行くと娘は笑う。娘が彼を連れて行くというのが可笑しい。

 私はプレ還暦を迎え、ねんきん定期便が封書で届いた。年金受給者になっても年金だけでは生活が成り立たないのは理解しているつもりだが、体はだんだん思うようにいかなくなって行く。当然なんだが、老いを受け入れるのは気持ちだけの問題ではなく、痛みや辛さと折り合いをつけながら働き続けなければならない。それでも、自分のあとに続く若い人たちのことを思うと、不安を口にするのは気が引ける。

 残すところあとどれくらい生きるのか知りようがないが、私が近い将来命を落とすことになっても、娘は自分のことは自分で何とかしてくれるだろうと思えるところまで来た。綱渡りのようだった母子の生活はそろそろゴールで、一息ついたら今度は自分のための綱渡りに移行する。どんな状況に置かれても、娘が生きる場所を妥協しないで選んでくれることが私の望み。幸せになってほしい。

奨学金の継続手続き、帰国の航空券予約、君と歩いた道

奨学金の継続手続き

 継続願の収支の計算は昨年まで数字を固めるところまでをほぼ私がやっていたが、現在娘は留学中。それで娘は自ら計算して「これでいいかな」と書類を私に見せてくれた。それだけでも成長を感じる。私は目を細める。しかし、昨年の総額と今年の総額が同じ程度だったら、ちょっとおかしくないか?国内で親と同居している一年より、留学して一人で生活している一年の方が、どう考えても額が大きくなりそうな気がする。

 よくよく熟読してみると、その中には国内でかかっている支出が入っていなかったので、それをリストにしたものと、収入確認用に国内の口座の通帳コピーを画像で送った。すべての項目を合算して、まず支出の合計を出し、項目ごとにどの収入から出したかを割り振る。すると、額はどかんと跳ね上がった。

 自分でやる子はやる。頼もしい子もいるところにはいる。一方で、娘はやる気はあるが、いかんせんやる気だけでは難しい面もある。娘の金銭感覚は把握漏れが多く、だからこそ自分でやるのは本当に大事。大人だってそうだ。今回、娘はよく頑張った。

 

帰国の航空券予約

 帰国の日程と航空券予約の調整で相談。直行便と乗り継ぎどっちにする?少なくとも10万は違ってくるね。やっぱり乗り継ぎか。到着日は親戚も一緒に迎えに行くけど、いつがいいか。

 こんなふうに、娘と一緒に何かをやったり考えたりするのは本当に久しぶりで、なんだか思いがけず新鮮で楽しかった。そして、航空券予約が完了した知らせを受けて、やっと帰ってくるんだーという実感がじわじわと湧いてきた。一気に靄が開けたように、無性にうれしくなった。1年間は思いの外長かった。といいつつ娘はまた、そう遠くない将来、日本を出ていくのかもだけどね。

 

君と歩いた道

 最近は天気が良い日が続いている。見上げると青い空。所用で歩いているとき、ふと思い出す。この道は、娘といつも一緒に歩いていたな。この道も、この道も、娘と歩いた道だ。思い出は、思い出になった時点でもう手の中にはない。夢と同じ。だから思い出はいらないと思うこともないことはないが、それでもなお思い出してしまう。かけがえのない時間だった。

 帰ってきたら、娘はまもなく大学4年生だ。

便りがないのは良い便り、県岐商の合言葉を胸に

 娘の交換留学は半年が経過した。この折り返し地点に至るまで「もう?」のような「まだ?」のような、いずれにしろこの半年は長かった。娘が充実した留学生活を送れているとすれば望ましいこと。貴重な経験をさせてもらっていると思う。でもそれは、私がそう思っているのであって、娘にとって私がそう思うかどうかはどっちでもいいような気がしてくる。

 親からすると、子どもが遠い異国で事故や事件に巻き込まれないようにというのは逃れられない懸念事項で、それでも過保護が過ぎないようにとか、子どもの自立を阻害しないようにそれらを心の中に封印しながらも、最低限のルールとして「おはよう」や「おやすみ」、遠出するときの連絡などを約束するが、その約束はすぐに守られなくなる。

 約束は、何も子どものためだけではない。私が孤独死して長く発見されないことを防ぐためでもある。つまり、お互いの消息はわかるようにしておこうという目的だ。

 こういう状況にハラハラする親は、どうしたらいいのだろう。子どもはすでに成人している。約束を何度も反故にされると、勝手にせいと喉から飛び出しそうになる。もしこれでテロなんかに巻き込まれでもしたら、私は留学させなければよかったとか後悔するわけ?なんて妄想が顔を出す。かろうじて私から連絡すると、時間をおいて短い返信は来る。生きていることは、かろうじてわかる。

 子どもが連絡してこなくても、「便りがないのは元気な証拠」と大きく構えていられるものなら。そういう忍耐が親に与えられた試練なのか。

 現在、娘は長い夏休みを満喫中で、いよいよインターンシップが始まる。娘が希望し自らアポを取って、ありがたいことに受け入れてもらえることになったインターンシップ先だ。そんな娘に贈る言葉として浮かんだのは、この夏の甲子園で準々決勝まで勝ち進んだ県岐商の選手たちが、合言葉「想定内」を胸に刻み、自分のやるべきことに集中して手に汗握るいくつものピンチを切り抜けてきた姿。

 どうか、娘の力になってください。

ココロが暇

 娘が渡航してから4か月余りが過ぎた。空港で見送りのとき、娘は涙を見せていたが、行ってしまえば異国の生活を存分に満喫しながら頑張っている。娘は小さいときからそうだった。修学旅行とか、家を何泊か空けるような行事のときはいつも、行く前は「ママも一緒に・・」と言って不安そうだが、帰ってくるときはそんなこと覚えていないほど元気で帰ってくる。逞ましさが眩しい。

 それに引き換え私は・・

 最初の1か月は、自分の時間を有意義に過ごしたいと思っていた。一人の時間を自由に使えることを楽しみにしていた。娘の方が「ママ一人で大丈夫?」なんて心配していたが、「ぜんぜん大丈夫」と本気で思っていた。

 実際、確かに、何にもとらわれないで自由に過ごせるのは快適なんだが、心が暇というか。これが、さびしいということなのかな。

 ところで、すでに終わってしまった春ドラマ『続・続・最後から二番目の恋』で、飯島直子氏が演じるノリコが「めんどくさい」を連発するシーンがあった。あの「めんどくさい」の背景にある孤独っぷりが、すごくリアルで涙が出た。夫はまあ置いといて、子どもから手が離れたお母さんの脱力。あーこれ自分だと思った。ノリコはそこから這い出したけど、私は這い出せるのか甚だ疑問。