君と歩いた道

2017年に公立中高一貫校に入学した娘は、2023年に大学生になりました。

適性検査当日と合格発表当日と

娘の受検から丸3年を迎えます。適性検査の当日とか、合格発表の当日とか、毎年この当日に、胸がキューッと締めつけられます。妙な体質になってしまいました。

当の娘は、あの日々を思い出すだけで身震いしたりして、それは今年も相変わらず。現役受検生に対しても、頑張れと励ますよりは気の毒と感じるようです。あの日、検査が終わって再現答案を書いてきた後に熱を出した娘です。忘れられるものじゃなさそうです。

当時も今も変わらずに思うこと。

少なくとも公立中高一貫校一本の受検については、受検と非受検、合格と不合格、進学するかしないかで進む道はどちらか一方であるということです。両方ともを実際に経験することができないから比べようがないわけで、必ずしも合格が正解とは限りません。

一人一人の正解はみんな違う。それは、主役が学校ではなく子ども自身だからです。

どちらに転んでも、流されても、今自分が歩いている道が自分の道なのです。それを立ち止まって確認する作業が、この季節の定例になりそうでちょっと複雑です。

適性休みが終わる

休みも後半に差し掛かった頃、娘がゴソゴソと何か始めたと思ったら宿題でした。私「何やってるの?」と訊いたら、娘おもむろに「なーんでこういう宿題を出すのかなー?」とぷりぷりしながら言いました。

私は、はあ?と呆気に取られ、ああもううもなく笑い飛ばしてやりました。

こういう宿題を出す学校を、娘は自分で選んだのです。「何今さら言ってるの?」と可笑しくなってしまい、私は思わず笑いが込み上げてきました。

すると娘は、鳩が鉄砲玉をくらったような顔をして固まっていましたよ。

そして、休みの最終日は宿題に追われる様子もなくのんきに過ごしていましたが、朝になり一言「今日学校休む」と言い出しました。

私はまた、はあ?となりました。何言ってんの?という話ですが、結局その日は学校を休みました。私が仕事から帰宅すると、娘は机に向かってせっせと何かやっていました。宿題が終わらないのかと思ったらそうではなく、別の勉強と言います。わざわざ学校休んで?

休んだ理由は単純に、学校に行きたくなかったからと言います。行きたくなかった理由は、あれやこれやと話し出したら止まりません。

翌朝、娘はけろっとして登校していきました。

喉の痛みとアレルギー性鼻炎

娘が喉の痛みで声を出すのも辛そうになってきました。症状は、数日前に出先で変な煙を吸ってから、だんだんひどくなってきたと言います。熱はなく平熱です。迷いましたが、耳鼻科に行くことに。

朝一でかかりつけのネット予約システムに入り、時計の秒針と睨めっこしながら受付開始ジャストを狙って予約しました。混む耳鼻科で、30分足らずで受付終了になることもありますから気合が必要です。今回は比較的早い番号が取れました。診療開始から1時間ほどで行けば良さそうな受付番号です。

感染症が流行する時期は、あまり医療機関に行きたくないですが、ここは一番、完全防備で行ってきました。

いざ診ていただくと、煙を吸ったことによる炎症というよりは、それまでにすでに起こしていたアレルギー性鼻炎で、鼻呼吸ができず口呼吸で喉の炎症が悪化した。喉と鼻がパンパンに腫れている。有毒なガスを吸い込んだ等の心配はないと言われました。

今までも、症状の有無にかかわらずアレルギー性鼻炎を起こしていたことはありそうです。成長とともに症状に慣れてきてしまったのもあるかな・・

それにしても、娘の体調不良は決まって学校や私の仕事が休みのときに勃発します。たまたまとはいえ、娘が頑張っている証にも思えます。サインを出してくれることに感謝です。

ダイニングと寝室の照明器具を交換

入居から10年以上使ってきたダイニングと寝室の照明器具を交換してもらいました。蛍光灯がチカチカして切れそうなのでグロー灯を交換しようとしたら、ボロボロボロとカバーが割れて崩れ落ちてしまったからです。

アパートが築35年以上なので、もしかしたらそのくらいは働いてくれた照明器具だったのかもしれません。

管理会社に連絡したところ、LED照明へ交換されることに。古いものは部品がないため、修理しようとすると高くつくのだそうです。手配してくれた新しいシーリングライトには常夜灯がなく不覚でしたが、そのうち慣れるかな・・

お別れした照明器具は、昭和の面影を残すペンダントライト。蛍光灯が切れるたびに交換するのは確かに面倒で、コストも軽くなかったとはいえ、それなりに愛着があったので若干さびしかったりします。

卒業したら書道を習いたい

小学3年生のときに初めて学校で習字を習い、娘がいい字を書くので、書道をちゃんと習わせてあげたいなと思うことがたびたびありました。書き初めが自治体の展覧会に出品する代表に選ばれると、娘はとても誇らしげで、必ず一緒に足を運びました。

しかし小学校高学年くらいになると、時間はたっぷりあるのに、娘は新しいことを始めるとか新しい環境に飛び込むことに対して躊躇するようになりました。物事に対して慎重な傾向は小さいときからありましたが、思春期の到来でさらにですね。

学童保育を卒業し、学童保育に替わる放課後の居場所として習い事を模索していた頃で、私は書道や算盤など近隣の教室を物色してそれとなく娘の気を引こうとするも、娘が自分から行ってみたいと言ったのは剣道だけでした。

その娘が、先日ポロッと口にしたのです。学校を卒業したら書道を習いたいと。

現在は、毛筆で字を書くのは冬休みの宿題で書き初めをやる程度ですが、いざ書き始めると夢中になって、書いて書いて書きまくります。

それでも今は学校が忙しく、他のことに手を出す余裕がないので、卒業したらやろうと思ったようです。娘がそういうことを口に出すのは珍しく、良い兆しだと思いました。

本当に、実現できたらいいなと願っています。