君と歩いた道

2017年に公立中高一貫校に入学した娘は、2023年に大学生になりました。

呑気はプレッシャーの裏返し

こももは、宿題の途中経過をあまり見せたがらない。終わってから出来上がったものを見せてくることが多い。集中力を阻害されたくないのか、それとも、ただ私をびっくりさせたいのか。鶴の恩返しの鶴のようだ。もし覗いたら、鶴になってしまうかもしれない。

・・・だから、私はこっそり見る。見ていない振りをしてこっそり。鶴にバレないように・・・

ただし例外もある。わからないことがあったり、行き詰まったりしている時に、「どう思う?」と聞いてくる時がある。人に聞いておいて、「ママに聞かなければ良かった」と後悔されることもある。そういう時に、さりげなく見せてもらう。

地理の宿題がいよいよ完成するという時のこと。

そこで終わらせても、見る人の目を楽しませてくれるには充分な出来映えだった。しかし、こももは何か物足りなさそう。もう一声というか、ある余白を指差して「ここが気になる。何か書きたい」と言ってきた。そこで私は、「雲を描くのはどう?」と言った。するとこももは、まんま雲を描くことをイメージしたのか、「雲?」と不思議そうな反応。「ほら、雲を描いて、その中にメインの記事を補足する一口メモみたいなのを書き込むとか・・・」と言うと、「それって吹き出しのこと?」とこもも。そうだ、それだ。私はそれを雲と呼ぶのだ。

こももが雲の中に書いた一口メモは、その国の歴史を語る時にどうしても外せないポイントを簡潔に押さえていた。おおお、素晴らしい。よくやった。ぐっじょぶ。

そして、昨日は数学。薄いテキストなのに、なかなか進まない。

昨日は午前中に部活があったので、午後は学校で友達と宿題をやってくることにしていた。しかし、帰ってきてうれしそうに見せてきたのは宿題じゃない。下敷きに描いた落書きだ。「落書きしている時間の方が長いんじゃないの?」と言うと、こももは「違うもん!」とムキになる。それでも懲りずに「ねえ、これ見て!ガチうまくない?(イマドキの中高生風に尻上がりのイントネーションで)」と言って見せてくる。下敷きの落書きをだ。しつこいようだが宿題じゃない。

ところで数学はどうなったの?

こももは、「宿題が終わらないのはプレッシャーだけど、宿題が終わらないからって死にたいとは思わない」と言う。それをここで言うか。いやしかし、そうだね。それは正しい。プレッシャーはそれなりに半端ないくせに、一種の逃避行動なのか、人は限界を超えると呑気になる。そうやって無意識に精神のバランスを取ろうとするのだろう。

そういえば、受検生の冬も、こももの呑気はプレッシャーの裏返しだったことを思い出した。